●Madan char鉱山(閉山中)の特上品。1g約百円。
●「有機アルガンオイル」を薄く塗布してありますが、表面を保護し本来(研磨後)の色が見えるようにするためです。
「サイードさん」
サイードさんに初めて会ったのは1990年代はじめのことだ。
当時私は、哲学の道の近くに化石や天然石を売る小さな店を開いたばかりだった。
どこから聞きつけてきたのか、彼は商品の売り込みにやって来た。えぐられたような傷が腕にある強面の中年男だが、とにかく陽気で、片言の英語と日本語を速射砲のように繰り出して私を圧倒した。
手にしていた薄汚ないバッグを開くと、青みがかった原石がゴロゴロ入っていた。アフガニスタンのバダフシャン州で採れたラピスラズリの原石だという。
霧吹きで水をかけると、石は鮮やかな青に変わった。プロが品質を確認するための方法らしい。
日本で「瑠璃」と呼ばれるその美しい石は、仏教では七宝のひとつとされ、旧約聖書にも登場するが、顔料として使われることも多い。フェルメールは、ラピスをすり潰して作った青色を好んだ。
私は、実物を目にするのは初めてだった。そして、ひと目で虜になった。
それから付き合いが始まった。彼は大阪に住んでいたが、月に一度ほど店を訪れ、売れた分のラピスを置いていった。
親しくなったとき腕の傷について尋ねた。サイードさんは「これはソ連軍と戦ったとき砲弾の破片でついたのだ」と自慢げに答えた。バダフシャン州は、ラピスの産地というだけでなく、アフガン紛争の激戦地だったのだ。
彼は、戦後の混乱の中、ラピスだけを持って祖国を飛び出し、ヨーロッパを経て日本にやって来たらしい。「日本が気に入ったから永住したい。年寄りでもいいから独身の日本女性を紹介してくれ」などとめちゃくちゃなことを言う。
その後数年付き合いが続いたが、あるときからぱったり姿を見せなくなった。心配していると、パキスタンから絵葉書が届いた。これから祖国に帰るという。
アフガニスタンは、その頃内戦の真っただ中だった。ハガキには書いてなかったが、おそらく戦うために戻るのだろう。
彼がどういう思想信条を持ち、どういう立場の側で戦うのか、私にはわからなかった。ただ、無事を祈った。そして、独身の日本女性を紹介できなかったことを少しだけ悔やんだ。
その後、サイードさんからは、なんの連絡もない。