東京国立博物館 2004年発行
■本書序文■
日本絵画史に狩野派と土佐派のあるごとく、蒔絵の二大流派として語られるのが、幸阿弥派と五十嵐派です。
幸阿弥の方は、室町時代以来代々将軍家の御用を勤めた蒔絵師の家系です。
その代表作は、幸阿弥家10代長重の作で徳川3代将軍家発の娘・千代姫の婚礼調度、
国宝「初音蒔絵調度」(徳川美術館蔵)。
日がな一日眺めていても見飽きないことから、日暮らしの調度とも呼ばれたこの絢爛豪華なお道具は大変有名で、
どこかで見聞きした覚えのある方も多いはずです。
「一方、今回とりあげる五十嵐派についてご存知の方はあまり多くないかもしれません。
作品の多く伝わる石川県内にお住まいの方、お茶を嗜む方や蒔絵愛好家でなくては、
なかなかその名を耳にする機会がないように思われます。
しかし、五十嵐派の作品もまた、その名品の数々を一度目にすれば、忘れえぬ印象と感動を与えてくれます。
五十嵐家も、室町時代までその祖先を辿ることができる、蒔絵師の名門です。
蒔絵師の系譜については時代を遡るほど不明な点が多く、現在よくとりあげられるその名の多くは、
江戸時代中期以降に活躍した人物です。
今回作品を展示する五十嵐と将軍家御用達の幸阿弥だけが、室町時代まで遡る蒔絵師の家系を称しています。
もちろんこうした家伝をそのまま信用することはできませんが、残された作品を見ると、
それを簡単に作り手と断じるわけにもいきません。
江戸時代の五十嵐派の作風はまさに、室町時代以来の伝統的技術を継承しつつ精緻の度合いを深めたもので、
誠に精巧で格調高く、蒔絵の正統ともいうべき趣を呈しています。
状態:中古 概ね良好