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美品 青島の意地悪議員日記 青島幸男 小説家にして国会議員,映画監督にして都知事……戦後を駆け抜けた一つの稀な個性の年代記。

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¥ 1,868

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福の神
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自宅保管の品です。大変美品ですが、古いもので経年変化はございます。ご理解頂ける方にご検討をお願い申し上げます。 "意地悪議員日記 : 男メカケから沖縄国会まで" 青島幸男 小説家にして国会議員,映画監督にして都知事……戦後を駆け抜けた,一つの稀な個性の年代記.パァっといきましょう! 大胆不敵に生きた繊細細心な男,青島幸男とは誰か.高度成長期からバブル経済へ,「無責任の哲学」を掲げつつ,体をはって疾風怒濤を走り続けた一匹狼の軌跡,そこにはわれらの時代の歪んだ顔が映っていた. レビューより 当時の政治家の実態の一部がわかったように感じ、その点は面白かったです。 子供のころから落語が好きで、自宅での療養中、寝ながらできる仕事として漫才の台本を書いて投稿、当時売れっこのリーガル千太・万吉に採用されたのを機にラジオ、テレビの放送作家となる。59年3月、フジテレビ開局と同時に始まった『おとなの漫画』に構成者として参加、クレージーキャッツの売り出しに大きな役割を果たす。高校時代から世俗的出世に憧れ、台本を書くかたわら作詞・作曲もこなし売り出すために美容師の免状まで取る。作詞では坂本九のヒット曲『悲しき60才』、植木等の一世を風靡した61年の『スーダラ節』が代表作で、63年にはクラウンレコードから歌手としてもデビュー。61年6月スタートの日本テレビ『シャボン玉ホリデー』には自らギャグマンとして出演、さらにコメディアン的素質を買われる。68年、『意地悪ばあさん』出演中に参院選に突如、無所属で出馬、“二院制議会民主主義を守れ”のスローガンのもとに全国区で120万票を獲得、石原慎太郎に次ぎ2位で当選、市川房枝らが再結成した第二院クラブに所属。71年には当時の佐藤栄作首相を“財界の男メカケ”ときめつけ喝采を博した。74年の参院選では金権選挙に抗議して選挙期間中に外遊して運動費なしで3位当選、庶民感覚にあふれた政治活動を続けている。
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