1 / 10

Please read the item description carefully as the item photos may not match the actual product. View original page

Translate

歌川貞秀 東海道沖津驛勝景 三枚続

Price

¥ 150,000

( ≈ -- )
Item Condition
Damages/stains
Japan Domestic Shipping
Free
Seller
よう's shop
More
Rating
79
0
0
歌川貞秀 東海道沖津驛勝景 三枚続 森屋治兵衛 1863年 サイズ 大判 160年前の物です。当然、美術館も所蔵してます。当時物の本物の赴きの良さは、レプリカでは決して味わえません。 歌川貞秀は文化4年(1807)に下総国布佐(現在の我孫子市)で出生したとされる。没年は明治12年(1879)という説もあるが正確には分かっていない。本名は橋本兼次郎。歌川国貞に入門し歌川貞秀と名乗る。後に五雲亭貞秀、玉蘭斎貞秀、橋本貞秀などと号した。文政中頃から合巻などの挿絵を描く。国貞(三代目豊国)が文政11年(1828)に初代豊国の記念碑を本所柳島妙見堂に建立した際、国貞門下11名の名前が碑の背面に記されたが、貞秀はその四番目に記されており、22歳の若さで才能・実力を認められていたと思われます。師の国貞が天保15年(1844)に豊国の名を継いだ際、本来は三代目であったが国貞は二代目を称たことに貞秀は反発していたようで、正義感が強く一本気な性格であったようだ。  アメリカなど5か国との間で締結された修好通商条約により安政6年(1859)に横浜が開港すると、貞秀は現地に赴き多くの浮世絵を残している。また各地を旅行して鳥瞰図的な構図の名所絵を多く描く。  慶応3年(1867)のパリ万博に浮世絵が出品されたが、貞秀は歌川芳宗(国芳の門人)と共に浮世絵師の代表として参加している。明治8年(1875)ごろまでの作品が残されているようです。 #錦絵 #浮世絵 #歌川 #美術館 #博物館
Translate