| 加納光於集・現代版画・限定500部刷/オリジナル作品・オーロラへの応答・11図版/既成の技法をこえた実験的技法を駆使し油彩画も制作する
昭和45年 図版11枚 解説7枚。外箱サイズ約24cm×46cm タイトル名が書かれているパラフィン紙なぜか同じものが2枚あります。(本来のものが一枚欠) 部数は少なそうです。資料用にもいかがでしょうか。
人間の内触覚的な宇宙は,肉体と精神を通じて世界につらなる。眼を閉じることで感覚の欺きがちな働きかけから身を辭し,自己をただちに〈世界〉へ投射することが,芸術の本質的な行為だと思う.眼を閉じることは,内部へむかって眼を瞠くことだ。自己の坑道から掘起し手にするものが,芸術の現実性というものだ。それがたとえ粗いもの であったところで,すべてに強いかがやきを投げかけるにちがいない。それを磨きあげ形ょく仕上げることは,さし て意味のあることではない。むしろ芸術家は,完成という言葉を死語にすべきだろう.
現実を激しく突放ねるこの行為はあきらかに精神に所属する. そうして得たものが,すべての物のまえに在ること に気附いた時に,〈世界〉と彼は一致するのだ。そして,作品は時間のなかに位置をしめる。作曲家の音は,世界を つらぬく豊かな音の河に合流し、画家の色彩は大きな光の束となる.
音楽は発音するという行為からうまれる。そのことを,泣いたり笑ったり怒ったりする,そうした挙動が音楽をか たちづくると言い換えてもいい。足踏みをしたり,木片をたたいたりして,蕃人たちが通信をする. それらを芸術と よぶのは,あるいは誤りかもしれない。しかし,それは何にもまして深く生命と結びついたものだ。
加納光於はく描く>かわりに銅版を腐蝕する.鏡のように磨かれている金属板――これは魔術の水晶玉のように, あきらかに何かを映しだすものだ――を薬液で腐蝕していくそれは自己の内部との対話でもあり、外界との交渉の ために必要な彼の唯一の手つづきである. 鏡のような金属板の上を,薬液がながれる, はしる. 加納光於は〈描く〉ということを,傷つけるという生命的な挙動に還元する.傷つけることが排他的な愛のあかし でもあるように, その傷痕は,すべての物象の境界を超えた《生命》を喚起する。彼のユニークな地質学と生物学と 植物学は,金属板のうえに一つの風景を浮びあげる。 それは、私たちが胎内で見た風景かもしれない、人と獣の貌は 判然としない。樹は人間のようでもあり,あるいは石は人かもしれぬ。
1933- 昭和後期-平成時代の版画家。 昭和8年2月28日生まれ。独学で銅版画をはじめ,昭和31年滝口修造の推薦で個展をひらく。34年リュブリャナ国際版画展,37年東京国際版画ビエンナーレ展で受賞。既成の技法をこえた実験的技法を駆使し,油彩画も制作する。東京出身。本名は光夫。代表作に大岡信(まこと)との共作オブジェ「アララットの船 あるいは空の蜜」。
お好きな方、お探しの方いかがでしょうか。
中古品ですので傷・黄ばみ・破れ・折れ等経年の汚れはあります。外箱傷、小汚れ、小破れ。内箱シミ。図版小黄ばみ、ややしみ、3枚程度薄い折れ線。ご理解の上、ご入札ください。
もちろん読む分には問題ありません。175332 |